良質の水と、海軍の町が生んだ老舗メーカー

 近年、観光スポットとして賑わう大和ミュージアムから西へ2キロあまり。広島県呉市吉浦本町に、よしの味噌の本社・工場はある。呉は、かつて帝国海軍の鎮守府がおかれた町として栄えた歴史を持つ。人口が40万人をこえた時期もあり、その胃袋を満たすために、多くの食品産業が発達した。中でも、この地に湧く良質の水を活かして、清酒・醤油・味噌の製造が活発に行われるようになった。
 よしの味噌の創業は大正6年。呉では最も長い歴史を持つ老舗の味噌蔵だ。戦時中は呉海軍工廠にも納入し、海軍さんの栄養源をまかなった。昭和36年からは、全国農協組合連合会のプライベートブランド委託製造にも乗り出し、広島県内全域のJAに供給。近年は全国各地にも販路を拡大している。

静かな住宅地に隣接する本社入り口には、大きな樽と、
社長自ら製作した力作の竹細工がお出迎え

日本人の90%以上は味噌汁が好きなのに…



野間社長に案内されて工場を見学。工場内の仕込蔵の中
では、出荷前の熟成が行われていた
 現在の代表取締役である野間社長は3代目にあたる。「日本人の90%以上は味噌汁が好きというアンケート結果がある一方で、食の多様化によって味噌の消費は減少しています。しかし、体に良く、使い方も幅広い味噌は、無限の可能性を秘めた発酵調味料だと思っています」と野間社長はいう。
 日本の味噌は大豆10+米こうじ8を比率とするものが多い。しかし呉エリアは、大豆10+麦こうじ20という比率が一般的だ。やや甘く、濃く、独特の旨み・雑みがあるのが特徴だ。この先代から続く味は頑ななまでに守りながら、数々の挑戦を続けている。ごはん+味噌汁という伝統的な日本型食生活の普及も大切だが、現代の食スタイルや食意識にマッチした食品として、味噌の新しい可能性を追求しているのだ。


遊び心と知恵がつまった製品の数々


 そのいくつかを野間社長は紹介してくれた。東京農大で卒論テーマにとりあげた「唐辛子味噌」研究をもとに24年の歳月を経て完成させた『恐るべき辛味噌炒めの素』は、野菜炒めに限らず、炒飯、つけ麺、ビビンパ、冷奴…と幅広い素材と相性の良い製品。他にも、野菜につけてそのまま食べる新感覚の『ディップ味噌』。酒都・広島の大吟醸酒粕と広島名物の甘熟白みそに、広島名産の牡蠣だしをブレンドしたご当地風味いっぱいの『大吟醸 酒粕みそ』と、ユニークで意欲的な新製品を送り出してきた。
 この他にも、知恵と遊び心を隠し味として、消費者の口に届くきっかけとなるよう、野間社長が世に送り出した製品の数々が、工場に併設された直営ショップの棚に並んでいる。


自社製品がずらりと並ぶ直営ショップ。取材中も、ご近所さん
が次々と買い物に訪れていた

メーカーが気付きにくい視点の中に、未来のヒントがある



消費者グループとの協働開発によって、『ちゃんと朝ごはん
味噌』は誕生した
 さらに野間社長は、棚の一角に置かれた『ちゃんと朝ごはん味噌』を手に取った。これは、にっぽんe物産市の地域プロデューサー・澤田照久氏と協働して作った製品だという。消費者グループと協働する場もセッティングしてもらい、公民館に主婦を集めた料理教室では「忙しくても、子供にはちゃんとしたものを食べさせたい」という強いニーズを確認した。それから約2年間をかけて『ちゃんと、朝ごはん味噌』は完成した。
 「私たちメーカーは、どうしても商品という“モノ”を中心に発想してしまいがちです。いくらで材料を調達して、どう加工して出荷・販売するというふうにね。しかし地域プロデューサーの澤田さんは“モノ”より“コト”の発想。食育とか朝ごはんとか、そういう“コト”の延長線に“モノ”の開発や販売を位置づけている。大変新鮮で、刺激をいただいています」と、野間社長は語ってくれた。
 


夢は、全国へ。そして世界へ。


 国内消費の動きとは別に、味噌は日本を越えて世界各国の料理でも認められる存在になりつつある。先日は『アバンセ倶楽部』のイベントにおいて、La Sette(ラ・セッテ)北村英紀シェフの手によるイタリアンと味噌のコラボレーションという企画を実現。煮込みのソースに赤味噌を使用した『フランス産骨つき鴨もも肉のコンフィー』などを発表した。
 「味噌は、風味や味のメリハリを際立たせる効果的な使い方もでき、フレンチなどにも応用できる万能調味料であると実感しました」という北村シェフの言葉をはげみに、野間社長は自分たちの味噌を、もっと全国に、さらには世界にも発信していきたいと考えている。
 10月に池袋で行われたフードサービス・トレードショーに出展した時に感じたのが、地域の小さなメーカーでも知恵で勝負できる場があるという手ごたえだった。「どんな商品を作っていくのか、どんな販路に力をいれるのか。試していないことはまだたくさんあります。もちろん失敗することもあるでしょう。しかし、それを恐れずに、常に前を向いて進んでいきたいですね」と、野間社長は結んだ。

地域プロデューサー・澤田照久氏(左)と打ち合わせをする
野間社長。互いに信頼し、本音で相談できる間柄だ



プロフィール
野間雅則(のま・まさのり)

昭和36年、広島県呉市出身。東京農業大学卒業後、昭和60年に野間商店(現・よしの味噌)三代目修行中の身となる。平成13年、よしの味噌株式会社を設立するに際して、代表取締役社長に就任。伝承する味は頑なに守りながら、新感覚の商品開発にチャレンジする毎日を送る。

 よしの味噌 http://yoshinomiso.com/